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その3 新潮記事の読み解き方

siro氏が、もしかして、この記事を書かせたのはドラマ制作者でないか?と言及されていたが、それについて少々詳しく・・・

()で、削除線がついているのがオリジナル、その後の()が、私が”正しく訂正”したもの

週刊新潮』11月18日号 またドラマ「出演拒否」の「広末涼子」に次はあるか

「事務所では、早い時期に広末の復帰を図ろうと、あちこちのテレビ局に売り込みに走っていたのです」(広末の所属事務所の関係者)(テレビ局関係者、あるいはその話を聞いた第三者)

広末側の人間が、新潮にこんなこと言うわけ無いだろうって・・
関係者ならば、彼女は、悠然と構えていても、向こうから勝手に仕事がやってくるような、いかにも余裕のある人間とイメージ付けたい筈。だけど、これを読むと、逆に、いかにも広末側が下手(したて)に出ていて、余裕なさげに見えてしまう・・・

「その中で、フジテレビが前向きに広末の起用を申し出てくれました。今年の8月には、来年1月スタートのドラマ『みんな昔は子供だった。』(仮題・火曜日午後10時)で主役を演じる事が内定。ところが、肝心の広末が余り乗り気ではなかったため(企画書と台本を見たところ、出来がいいとはとても思えず、出演する気にならなかったため)、結局、折角の話が流れてしまったのです。広末が出演していたら、確実に彼女のイメージアップに繋がっていましたね
(広末の所属事務所の関係者)(広末を取り逃がして、広末が逃げたんだから、余程ひどい企画なんだろうと世間に思われてしまって、みんなドラマを見なくなってしまっては困るので、なんとかして、このドラマをいいドラマなんだと世間に思わせたい『みんな昔は子供だった』番組制作関係者)

これも同様。あまりにも下手に出すぎている。それと、前にも言ったが、仕事を選ばないことは勤労意欲があることと同義ではない。その逆もしかり。


とくに、私は、”前向きに広末の起用を申し出てくれました”・・というところに、ものすごい作為を感じるんだが。おそらくこういう風に書くことによって、国仲は所詮広末のスペアであって、広末より格の落ちる女優であるという、世間がごく普通に持っている常識を隠したいのだろう。

とにかく、記者は”お願いですから仕事くださいよぉー・・と業界全体に哀願している、自分の担当タレント運の悪さを呪う、哀れな広末関係者”&”かつて自分が必死で持ってきた仕事を、タレントのわがままでボツにさせられてしまい、それに未練たらたらである、営業マンのボヤキ風”を演出したいのだろうが、やっていることは、前述したバーニングシフト2・非バーニングのイメージの典型例(http://d.hatena.ne.jp/pokopiko/20041214)の踏襲である。




・・・・広末が出演していたら、確実に彼女のイメージアップに繋がっていましたね

ホントかよ!!


おい、。口からでまかせ言ってんじゃないだろうなァ。どうして断言できるんだよ?このドラマがコケた時、彼らはどう弁解するのだろう?なんか心配だ。


それと、なぜ、広末が自分のイメージ回復を最大の優先事項にしていると、勝手に決めつけるのだろう?松嶋菜々子などと違って”女優”なのだから、イメージの回復など屁とも思っていないのではないか?だから、それと得ることと引きかえに、仕事の質、環境など、他のことを失う気はさらさら無いはずだと思うが※・・


あと、水橋文美江って、あまり作品を乱発しなくて、いい作品も確かに多いだろうけど、最新作って”ビギナー”だぞ。それに、このドラマって、どう考えても、”お子チャマ担当”としか思えないんだが・・。ホームページ見ればわかるだろう。もはや母親となった広末は、イメージ的にそぐわないんじゃないか?(っていうか、このホームページ、何でスクロールバーが出てこないのだ?)

「広末が出演を拒否したのは、自分の復帰第1号には連ドラの定番である月曜9時がいいとワガママを言ったからです。彼女は97年に、フジの月9ドラマ『ビーチボーイズ』に出演し、視聴率23%以上を稼いで人気を不動のものにしました。その時の事が忘れられなかったようです」(同)(自分たちが、いかにも月9より下だという、屈辱的な認識をされ、広末を逆恨みしている『みんな昔は子供だった』番組制作関係者)

広末が再び女優として脚光を浴びるには、世間から忘れ去られる前、少なくとも来春までにドラマに復帰する必要がありますね」(芸能ジャーナリストの平林雄一氏)(広末をどうしても春クールに出したい=出なかったら広末の戦略をバッシングしたいドラマ制作関係者)

・・・・その時の事が忘れられなかったようです
広末は、ビーチボーイズの頃の栄光は忘れなくても、同じ月9であり、しかもビーチと違って主演である、リップスティックやできちゃった結婚の頃の屈辱は一切忘れてしまうという、ものすごくバカな女なのだろうか?それとも、いいように表現すれば、極めてポジティブな人といえるのか・・



これは、実際の記事ではないが

記事を書いた人:綿密な取材を行った新潮記者
広末を取り逃がしたので相対的に国仲さんや石原さんを持ち上げたい『みんな昔は子供だった』『義経』番組制作関係者・・・彼らの命をうけ、彼らの意志をそっくりそのまま記事にした新潮記者。

庶民の認識はこうなる
  • 広末仕事断わる
  • ⇒?あのせっぱつまってる広末が断わるくらいなんだから・・・もしや、このドラマって、企画にかなり問題があるのでは?
  • ⇒彼女の選んだ仕事・・愛なんて、おとうさん、元カレ。断わった仕事・・空から降る一億、義経、うーん。どう考えても、彼女の仕事を選ぶ眼は的確としかいいようがないよな。
  • 国仲さんには悪いが、今回は、広末のセンスを信じて、このドラマ見るのやめよう。

このように、広末の仕事の選ぶセンスが、庶民の下馬評の参考になってしまったら、ドラマ制作側としては、たまったもんじゃないだろう。


というわけで、”大河”、”みんな子供”などのドラマ制作側としては、これを是非とも否定しなければならぬ。ということで、あの女の戦略なんてタコ、仕事の見る眼無し・・という、新たなるテーゼを創設したというわけだ。そして、マスコミは、彼女と貶めるのに格好である、間逆の存在として、松島菜々子を担ぎ出したということである。


※・・・失う気はさらさら無い
非バーニングは、世間が思っている以上に、自分のイメージなぞ気にしていない。庶民は知らないだろうが、なにしろイメージ回復の解決法が、極めて単純であるからだ。自分が犠牲を払えばいい、詳しく言えば、周防のしつこい”お誘い”を飲めばいいだけの話である。もっと詳しく言えば、目をつぶって電気消してチョチョっと・・もういいか。まあとにかく、それが嫌だから、やってないだけの話である

しかし、つくづく思うんだけど・・大衆が芸能人のイメージを一切気にしなくなって、で、芸能人がすべてイメージを気にしなくなってしまったら、バーニングや電通って、どうなっちゃうんだろう・・つぶれちゃうのかなあ