読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

総論 本当に広末はマスコミの言うように中途半端だったのだろうか?

よくマスコミで唱えられている説に、”広末進学以後中途半端仕事説”がある。素人も、これにやたらと影響されているらしく、似たような意見は、ブログ、掲示板でも結構多く見受けられる。


進学後の彼女の仕事を、ドラマに限って見てみると・・・

  • Lipstick 1999
  • Summer Snow テレビジョン助演女優賞 2冠(最初の受賞はビーチボーイズ)2000
  • オヤジぃ 同上 (3冠)2000
  • できちゃった結婚 2001
  • 愛なんていらねえよ。夏 2002
  • おとうさん 2002
  • 元カレ(助演女優賞 4冠)2003

ごく短期間に3冠を稼ぎ、僅か23歳にして、トータルで4冠、これは深津絵里常盤貴子よりハイペース。ドラマに限ってみても、これである・・・



はっきり言おう。これのドコが中途半端なのだ?




これが、中途半端のそしりをうけねばならぬのなら、いったい、芸能界で、中途半端でない仕事をしてる者とは、誰なのだ?広末が中途半端でない仕事をしたといえるのは、どの程度からなのか?最低でもコレの2倍ぐらいをこなさないと、ちゃんと仕事をしたとはいえないのか?とすると、テレビジョンで3冠×2=ビーチボーイズを加えて、トータルで7冠。深津や常盤を優々と抜いて、木村拓哉と並び、しかも年齢からいけば、木村以上のハイペース・・彼女は、コレくらいの功績を残せて当然なのか?とすると、周囲の要求するレベルが、極めて高い・・ということで、彼女は、ドラマ史上始まって以来の(勿論、木村拓哉など足元に及ばぬ)不世出の人材であるということなのか??


結局、このようなマスコミのまやかしに思わず納得してしまうのは、広末の仕事を、一度も見たことが無い人間くらいなもんであろう。一回でも見たものには、全く通用しないだろうと思う。しかし、見たこと無い者って、結構いるのである。だから、ゲンダイなどの記事を、信じてしまう者が後をたたないのだ。ワカパイや若槻千夏小倉優子などのグラドルが、演技を全くしていないということを知らない。管野美穂や広末などは、お騒がせヘアヌードタレントか、デビ夫人と同じくワイドショー常駐の住人だとおもっていて、幼少のころから、結構、演技の仕事を多数こなしていたことなど、全く知らない。挙句には彼女たちのことを、小倉優子と同じようなバラドルだと思っている・・演技をほとんどしたことが無いが、グラビア露出は多いワカパイと小倉優子と、演技の経験があるが評価は低く、CMの経験はある、藤原、菊川。演技の経験もあるが、グラビア露出も、CM経験も多い管野や松たか子深津絵里や広末・・・無知な者は、彼女達を、全部頭の中で一緒くたにしているのである。だから、思いっきり頭が混乱しているのである。これは、ゲンダイ記者や、多くのブログ作者にも言えることである。連中の指摘がなんとなく的を得ていないと感じる理由は、おもにコレである。(っていうか、これ、まえに言った)



話はかわるが、たとえ話として・・

松井秀樹が、評論家に酷評されている・・あれほどの素質がありながら、ホームラン70本も打ててないではないか・・そして、一度も野球をみたことが無い人に対して、松井は評論家ウケがきわめて悪い二流の人物だ、そんなに悪くいわれない、二岡や清水の方が、余程一流だ・・と説明したとしたら、それはインチキであろう。だが、野球を見たこと無い人は、これをあっさりと信じてしまうのである。現に、あたりを見回してみても、松井の酷評は巷に沢山見受けられる、反対に二岡や清水の記事はあまり無い。野球を見たことが無い素人は、これを何よりの証拠とみなしてしまうのである。


野球を少しでも知っている人間ならば、連中は商魂で記事を書いている(清水について書くより、イチローや松井について書いたほうが目立つので売れる)ということをすぐに見抜き、イチローや松井が毎年あそこまでコンスタントに成績を残せたことを、素直に評価することだろう。広末もおなじである。


確かに広末や管野美穂のような芸能人は、ドラマを一度も見たことが無く、ゴシップ誌での彼女達しか知らないタイプの人間にとって、なぜ、いまだに活躍しているのか、理解しかねる人物であろう。

といっても、そういう人でも、”聖者の行進””リップスティック””イグアナの女”などを、一度でもみてみれば、この疑問はたちどころに氷解するのだが・・・要は、知ったかぶりをしてないで、一度でもいいからドラマというものを見てみろ、野球というものを見てみろ・・・・ということであろう。


だが大衆には、その”彼女達のドラマを、一度でもいいから見てみる”という、ごく簡単な行為さえ、なかなか出来ないのだ。プロのマスコミ人でさえ出来ない者が多いのだから・・(っていうか、基本的にマスコミの人間というものは、ドラマというものを、あまり見ない人種である※)。彼女達の評判がいまいちであるため、なかなそこにたどり着けないのだ。反面、ダウンタウン、ココリコ、ドンドコ山口などの、番組を持っているお笑い芸人、菊川怜、藤原などの、CMを持っているバータレ、オスカータレなどは、逆に、あっさりとその領域にたどり着ける。以前”素人の食いつきはよい”といったように・・

彼らがドラマにキャスティングされると、企画の良し悪しにかかわらず、見ようとする者が多い。当然、マスコミ人もこぞって見ようとする※※


※忙しい人間にとって、僅かな記事を書くためだけに、12時間を拘束されるのはしんどい。”聖者の行進”などは、ほとんどの記者は実際に見たことが無く、他者ライターの記事から類推して、多分、こうなんだろうなあ・・的な・・つまり、想像で記事を書いているに過ぎないのだろう。これは、芸能評論家、あるいはドラマ評論家と呼ばれる人種でさえ、例外でない。


つまり、ドラマというものは、記事を確かめたり、意見を求められたりしたとき、確認材料として見るには、余りにも拘束時間の長いメディアなのだ。だから、不当なけなし、ちょうちんなどのでたらめ評論を書いても、映画、書籍などと比較して、ボロが出にくい。前述した理由により、皆、”検証”をおっくうがるからである。藤原紀香はじめバータレが、今まで生き延びてこられたのも、こういった理由がある。


※※マスコミ人もこぞって・・
ドラマファンが真っ先にソッポを向くような、くだらないドラマだったのにもかかわらず、巷の”ハッピーマニア評””明日があるさ評”はやたらと多かったような気がする。
素人の大衆と、典型的な素人の一種である、”トレンドウォッチャー”などのマスコミ人は、ドラマファンとは逆に、真っ先に食いついてしまったということか・・なんかカッコわるう