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宝○社に食い込んでいたバー○ング

「Jポップ」という言葉を広めた、別冊宝○の、”音●誌が書かないJポップ批評”シリーズ。実は「音楽誌が書かない・・」のではなく「宝●とは違い、バーニングの力などが及んでいない雑誌は余りにもバカらしくて書かない・・・」なんだが、それはおいといて、とにかく、”過剰露出メディアいじられ系”ともいえる、いまいち立場があやふやなバー系アーティスト連中にとって、この「Jポップ」というカテゴリは、誠に便利な言葉であろうと想像できる。バンドの本格派から、鈴木あみ、宇多田、スピードにいたるまで、ファミリーでは、小室もつんくも伊秩も、みんなまとめてJポップ・・確かにバーの連中にとっては、”まとめ売り”ができて楽だろう。

やはり、バーに遠慮しているメディアに普遍的にみられる、”素直にほめりゃあいいものを・・・何で?”的な、いささかひねくれた論評が多い。標的は言わずもがな、非バーの星、宇多田、広末たちなのだが、彼女達と少々キャラがかぶりながらもスタンスが対照的なキャラクターである、特定のバー系歌手に遠慮しているのがありありとわかって、今となっては非常に見苦しい。



”Jポップ批評2”からの内容を、試しに取り上げてみると

鈴木○み(小室)、モ○娘(つんく)、ス○ード(伊秩)のように特定のファミリーに属している人物と違って、不特定多数の大物(当然非バー)の提供を受けている広末は、本人の顔が見えてこない・・・一応、アルバムの水準の高さは褒めてはいるが、一人のプロデューサーに一任させよ、女優の余技と見透かされているようで不快・・・と言い切る。確かにいえてるんだが・・・
だがこれは、プロデューサーこけたら皆こけた、というような、リスクヘッジをまるでしていないバー連中に対する、遠慮以外の何者でもない・・だろう。鈴○は小室がこけたら、いや歌手活動そのものがこけてしまったらどうするのだ?つんく一人に依存しているモー娘は?同じく伊秩のス○ード、Deepsはどうなのだ?
確かに言っていることは、当たっているともいえなくは無いんだが・・・だからといって広末のことをここまで言っておいて、「全然歌が上手くない鈴○あみは小室の上でのびのび楽しんでいるようで、見ていて心地よい」「つんくプロデュースのアイドル作品には、問題もあろうが、作品の出来不出来が自分に跳ね返ってくる覚悟が、ちゃんと作品を貫いているのだ」と、ここまでいう必要あるんだろうかと思うんだが、どっちみち今となっては、リスクヘッジの無さゆえ、一人残らず消えてしまった方々であるので、笑って済ませてしまいましょう・・・かな。
どっちみち、ほかにも、「和製ローリン・ヒル、沖縄出身を背景に、安○を貫くブルースの素」だの「男なら全員M○X好きでしょう!テレビにM○Xが出たらオヤジは全員画面に釘付け!」「吉川○なの、本人作曲のウサギちゃんSAY GOODBYEは名曲だった。彼女の声は捨てがたい」(その他突込みどころ多数)・・・どうせ、ふざけて書いたんだろうと思われる、突込みどころ満載のこれらの記事を冷静に読むと、「それにしても、今考えるとあの時代って、なんだったんだろう・・・でも、なんだか記者って大変なんだなー」という感想しか、沸いてこない。